老女の口にする「おろんくち」に秘められた謎を解けー川瀬七緒「フォークロアの鍵」

2021年7月26日月曜日

川瀬七緒

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 民俗学を研究している一人の女子大学院生が、老人の「消えない記憶」の研究を行うため、認知症の老人が入所しているグループホームにアルバイト兼実習生として通うようになるのですが、そこでグループホームからの脱走を何度も試みる女性から、ある言葉を聞かされ、その意味を調べ始めるのですが、と展開していく民俗学ミステリ―が『川瀬七緒「フォークロアの鍵」(講談社文庫)』です。


「フォークロアの鍵」の構成と注目ポイント


構成は


第一章 むかしむかし、あるところに

第二章 「おろんくち」の意味を知りませんか?

第三章 手続き記憶

第四章 まだ息がある

第五章 赤ん坊の鳴き声と木

第六章 伝えたい、伝わらない


となっていて、物語は本編の主人公「羽野千夏」が、研究のためにアルバイトもかねて通っている杉並区にあるグループホーム「風の里」での日常風景から始まります。彼女は都内の博物館に大学から出向している学生身分の研究員なのですが、認知症の老人の記憶のなかに最後まで消えない文化的な記憶がどういうものか、それが残った理由は何か、といったことを研究するために、この民間の認知症グループホームの手伝いをしながら通ってきている、という設定です。


ただ、この「風の里」というグループホームは関東地区で11か所の老人施設を運営している福祉法人で、認知症の度合いが極度に進行している、他の施設では介護が困難な老人が集まってきているところで、例えば、「物取られ妄想」が進行し、自分のお嫁さんとその協力者に自分の宝石を盗まれたと訴え続ける女性、外国からの侵略と盗聴を訴え続ける女性、毎日、20円を郵便局に預金に出かけ、そこで局員と揉め事を起こす男性などなど、認知症のオンパレードのような入所者に囲まれて過ごすこととなります。


当然、施設職員も人員の少ないことと福祉法人から派遣されてくるカウンセラーにより心理的圧迫でストレも溜まり放題、という状況です。


この精神的に最悪な環境の中で、千夏は施設からの脱走を企てる認知症もかなり進行した女性・ルリ子さんが脱走を企んでいるときに口にする「むかしむかし・・・おろんくち・・」という言葉を耳にします。彼女が施設脱走を繰り返す理由は、その言葉に秘められているのではと考えた千夏は、グループホームの他の老人たちの力も借りながら、その意味を探っていこうと考え・・・という筋立てです。


最初の頃は、このグループホームの職員との軋轢が酷かったり、入所している老人他tの行動がエスカレートしていったり、とミステリ―というより、これは介護小説なのか?といった進行が続いていくのですが、次第に、老人たちが心を開いて千夏に協力し始めて「ルリ子さん」の言動を記録したり、べったりと干渉してくる母親との心理的葛藤から不登校になっている高校生「立原大地」が、千夏のネットの書き込みを見て「おろんくち」の手がかりを提供してくれるあたりから、「おろんくち」の意味を探る「民俗学調査」のような流れになってきます。


そして、「おろんくち」の手がかりが、「大地」が昔訪れたことのある祖父母の暮らしていた山梨県の山奥の村に近くにあった、ダムで水没した村にあることを知った二人は、フィールドワークっぽく、その村跡へでかけます。そこで目にしたのは、作物の収穫も少なく、ギリギリの暮らしを余儀なくされていた山奥の村の、「飢饉」の時の「隠しておきたい昔の記憶」で・・といった展開です。


で、この山奥の村の「忌まわしい記憶」っていうのが明らかになってきたところで物語的には最終コーナーに向かって行くのかな、と思いきや、この「おろんくち」の意味する「忌まわしい記憶」が、このグループホームのある地域で現在起きている事件へと結びついていきます。

このあたりは、作者お得意の「思ってもみなかった方向へ突然連れていかれる」ストーリーがフルスロットルで展開されていきますから、振り落とされないようについていきましょう。


レビュアーの一言<舞台となるグループホームが「あるある」>


今巻では、千夏が通っているグループホームの様子が大きなウェイトを占めているのですが、この施設の入所者の状況はともかく、施設職員の疲労や「やりきれなさ」、あるいは、本部から派遣されてくるカウンセラーの高飛車なところは、「これはかなり実像を反映してるよね」と思うところが多かったですね。この暗い雰囲気が、千夏による「おろんくち」」調査を契機に後半にいくにつれて大きく変化していくのも、この物語の読みどころでもあります。

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日本の人口最少県の住人。なりわいは行政書士。読書好き、ガジェット好きの昭和人です。

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